看護師が蘇生教育の主役になれない理由
~日本救急医学会認定BLSコースとICLSコースのシステムから考える~
 
 日本において心肺蘇生の標準化コースとして有名なものにはAHA関連コース以外に、日本救急医学会認定のBLSコースとICLSコースがあります。特にICLSコースは受講した経験がある方は非常に多いのではないでしょうか。日本救急医学会認定BLSコースとICLSコースは日本版蘇生ガイドラインに沿って作られた医療従事者向け蘇生トレーニングコースであり、受講料金も低額に設定されていることが多いです。しかし、これらの非常に有用なトレーニングコースにはある問題点があり、それが看護師が蘇生教育の主役になれない大きな理由となっているのも事実です。
 
 その理由とはコース開催権限を有するコースディレクター(以下、CD)に認定される基準が¨「医師」の医療系国家資格を有すること¨が絶対条件になっていることです。つまり、医師資格がなければどれ程蘇生医学の知識があっても、蘇生教育に熱心であってもCDとしてコースを主催することはできないということです。これは非常に重大な問題です。そもそも日本という国は医療の世界において医師に過大な権限を与え、その資格を絶対的なものとしてきました。確かに医療の現場であれば医師はリーダー的存在として活躍することを否定する人はいないと思いますが、蘇生教育の場においてまで医師が常にリーダーシップを発揮する必要があるのでしょうか。特にBLSは一般市民でも実施可能なレベルの手技です。このコースを開催するのに多忙な医師をわざわざ確保し、コースの質を維持しなければコース開催が不可能なものなのでしょうか。
 
 看護師の医療知識は確かに医師に劣る部分があるでしょう。しかし、標準化コースというものは臨床での判断・対応が困難な症例や難しい治療方針を議論する場ではなく、あくまでもガイドラインで推奨されている治療手順をシナリオを通して実践練習する場でしかないのです。もちろん標準化コースと言われるくらいのものですから、難しい内容ばかり求められていたら知識やスキルは普及しませんし、それでは標準化コースとは呼べません。看護師はそういったコースを主催すること自体が日本では許されていないというのが現状なのです。
 
 医師は多忙です。当直勤務や残業、会議に学会、そして外勤。そのような医師をさらに蘇生教育コース開催のために負担を増やす。これは医師個人としても医療現場としても絶対にプラスにはならないはずです。受講希望者が大勢いても、CD資格を有する医師の都合がつかなければコース開催はできませんし、もしコース開催できたとしても年間で3~4回の開催数が限界ではないでしょうか。これではいつまでたっても希望者が全員受講することは困難です。事実、日本救急医学会認定BLSコースは日本全国でほとんど開催されている気配がありません(少なくとも我々は埼玉医科大学病院系列でコース開催されている以外に聞いたことはありません)。せっかく作った優れたコースであっても開催できなければ意味がない。そういった状況で力を発揮すべきなのが看護師だと思います。看護師の絶対数は医師よりもはるかに多いですし、時間の都合も医師と比較してつきやすい。であれば、看護師が主役となって少なくともBLSコース程度であればどんどん開催していくことが普及活動としては重要になってくるはずです。
 
 確かに看護師の中に「医師がいないとコースの質が維持できない」という意見を持った人が多くいます。それは医師でないとコース開催ができないという現在の日本の偏った見解とその偏見が生み出した様々なコース開催に関する制度・システムが当たり前のように常識化してしまっていることが大きな影響を与えている可能性があります。看護師も自分たちが主役になればどんどん成長します。そうすれば医師の存在を気にせずに看護師主体で積極的にコース運営をするようになるでしょう。
 
 看護師の皆さん、そろそろ医師主導の標準化コースに単にスタッフとして参加するようなことはやめませんか。自分たちが主役になり、受講生にとって楽しく貴重なコースをどんどん提供していきましょう。